今日YouTubeで、クリシュナムルティの講話の動画を見つけた。
誰か私にリスニング能力をください。
字幕とか翻訳じゃ他人の感性がどうしても入ってしまうから、生のままで自分で理解したーい!
とほ・・・。
最近は自分のMySpaceアカウントでメッセージの遣り取りするのに、Yahooとかの自動翻訳を使い倒してるし。でも本来の意味通りの訳文を作るのに四苦八苦して、けっこう時間が掛かる。やっぱ、自分で書けるようにならなきゃ、かしら。
高校で捨てた英語の必要性を、今、切実に感じているー。
だって高校の英語の先生と相性悪かったんだよ~。
授業中に、授業進行を途切ってまでRとLの発音で10分ほども個人集中レッスンされた時には泣くかと思った。
あげく、「国語はあんなに成績良いのに、同じ語学の英語がどうしてこんなにできないの!」って、職員室で責められたし。
それでも、日本語訳するのは嫌いじゃなかったんだよ。激・超訳だったけど。パズルゲームしてるみたいで、面白かったから。結局、英語の成績には結びつかなかったけど。
ああ、もう。英語、厄介。
2010年6月23日水曜日
2010年5月13日木曜日
ぼやく
なんだか最近、自分のブログを放置気味。いかんなぁ。
やることが山積みだ。やりたいことも山積みだ。
書きたいことも。自分が言わなくてもいいや。ていう、悪い癖に流れ気味。
とはいえ、一段落。
まだまだ、山積はしてるけど、優先順位から一つずつ片付けていくしかない。
ああ、まとまらない文章。
何かアウトプットしたい気がするのに、
「何を」と「時間」と「集中力」が足りない。
やることが山積みだ。やりたいことも山積みだ。
書きたいことも。自分が言わなくてもいいや。ていう、悪い癖に流れ気味。
とはいえ、一段落。
まだまだ、山積はしてるけど、優先順位から一つずつ片付けていくしかない。
ああ、まとまらない文章。
何かアウトプットしたい気がするのに、
「何を」と「時間」と「集中力」が足りない。
2010年4月5日月曜日
桜のおもいで
今この季節、花の時期、が大好きだ。桜は特に好き。
この間のライブの日は風がとても強くて。帰りに近所の桜並木の下を通ったら、夜空をバックに桜の花が浮き上がって。太い枝もわっさわっさ揺れていて、とても綺麗で。並木の終わりまで、桜を見上げて歩いた。
毎年毎年、桜を見上げてきたけれど。なかでも、昔見た印象深い山桜の木がある。
実家の近所にある雑木林の道路際に生えていた山桜。
年が明けて間もなくの頃、土地の持ち主が長いこと放置していた雑木林の木をほとんど全部切り倒した。桜の木も、どんぐりの木も。根元近くから切り倒して、横たわった幹は枝を天に向けたまま、そのまま放置された。
あと2・3ヶ月したら花が咲く、そんな頃に切らなくてもいいのに。今年この桜は見られないんだと、残念に思った。
でも、桜は咲いた。
根っこから切り離されて、2・3ヶ月も放置されても。
天に向けた枝の先に、捧げるように花を咲かせた。
その姿は哀しくて、美しくて、羨ましかった。
たぶん、枝が道路にかかって車が通る邪魔になるとか、電線に引っかかるとか、そういう理由だったのだ。あの美しく大きな木々が切り倒された理由は。そんな理由、私には理解できないけれど。あの道には今は、桜は咲かないし、どんぐりも落ちてこない。でも今でもあの土地は雑地のまま、背丈ほどもある草と細い枝を伸ばした若木に覆われている。
だから、もしかしたら、またいつか。
この間のライブの日は風がとても強くて。帰りに近所の桜並木の下を通ったら、夜空をバックに桜の花が浮き上がって。太い枝もわっさわっさ揺れていて、とても綺麗で。並木の終わりまで、桜を見上げて歩いた。
毎年毎年、桜を見上げてきたけれど。なかでも、昔見た印象深い山桜の木がある。
実家の近所にある雑木林の道路際に生えていた山桜。
年が明けて間もなくの頃、土地の持ち主が長いこと放置していた雑木林の木をほとんど全部切り倒した。桜の木も、どんぐりの木も。根元近くから切り倒して、横たわった幹は枝を天に向けたまま、そのまま放置された。
あと2・3ヶ月したら花が咲く、そんな頃に切らなくてもいいのに。今年この桜は見られないんだと、残念に思った。
でも、桜は咲いた。
根っこから切り離されて、2・3ヶ月も放置されても。
天に向けた枝の先に、捧げるように花を咲かせた。
その姿は哀しくて、美しくて、羨ましかった。
たぶん、枝が道路にかかって車が通る邪魔になるとか、電線に引っかかるとか、そういう理由だったのだ。あの美しく大きな木々が切り倒された理由は。そんな理由、私には理解できないけれど。あの道には今は、桜は咲かないし、どんぐりも落ちてこない。でも今でもあの土地は雑地のまま、背丈ほどもある草と細い枝を伸ばした若木に覆われている。
だから、もしかしたら、またいつか。
2010年4月2日金曜日
また写真展~。
そんなわけで今回も、ライブ前にあちこちとほっつき歩いていたわけで。
青山界隈はなぜだか行ってみたいお店や場所が結構あって。その中から気になっていたお店2つと、丁度3月30日~4月4日まで開催中の石井ゆかりさん企画の写真展「星織」へ行ってきた。そう、また写真展(笑)
お店の一つは「COOK COOP」料理に関する本の専門店&カフェ。思ってたより小さいお店だったけど、良い雰囲気。
とはいえ本屋に行って、かりんとうを買って帰るというのはどうなんだろう、自分。
世田谷・升本屋の梅ザラメ。
でも、おいしかった。HP見たら升本屋さんは「酒のつまみにかりんとう」を標榜するお店だった。下戸でも良いですか?(笑)
次に行ったお店は「lisn 青山」京都に本店がある、お香のお店。
カウンターに並べられた様々な香りを1本から販売してくれる。しかも別売りで買うお香ケースは、次回持っていくとそれにまた買ったお香を入れてくれるのだ。
さすがにね、香料の塊といっても安いお香の合成的な香りとは違うよ、自然な感じがする。また行こうっと。
そして、ようやくギャラリー・ルデコへ。
山口達己さんの光に滲んだ色を写し取ったような写真や、相田諒二さんの陰の中に閃いた色を捉えたような写真と、石井ゆかりさんのテキストを堪能~。
写真を飾ったスペースのさらに奥に設えられた「雨を待つ図書室」には、ゆかりさん所有の本やこれまでの出版物の他にも、「愛する人に。」の未収録章を納めたファイルなどもあって、思わずじっくり読み耽ってしまいました。
短観プレゼントにも、しっかり応募。当たるといいなぁ♪
青山界隈はなぜだか行ってみたいお店や場所が結構あって。その中から気になっていたお店2つと、丁度3月30日~4月4日まで開催中の石井ゆかりさん企画の写真展「星織」へ行ってきた。そう、また写真展(笑)
お店の一つは「COOK COOP」料理に関する本の専門店&カフェ。思ってたより小さいお店だったけど、良い雰囲気。
とはいえ本屋に行って、かりんとうを買って帰るというのはどうなんだろう、自分。
世田谷・升本屋の梅ザラメ。
でも、おいしかった。HP見たら升本屋さんは「酒のつまみにかりんとう」を標榜するお店だった。下戸でも良いですか?(笑)
次に行ったお店は「lisn 青山」京都に本店がある、お香のお店。
カウンターに並べられた様々な香りを1本から販売してくれる。しかも別売りで買うお香ケースは、次回持っていくとそれにまた買ったお香を入れてくれるのだ。
さすがにね、香料の塊といっても安いお香の合成的な香りとは違うよ、自然な感じがする。また行こうっと。
そして、ようやくギャラリー・ルデコへ。
山口達己さんの光に滲んだ色を写し取ったような写真や、相田諒二さんの陰の中に閃いた色を捉えたような写真と、石井ゆかりさんのテキストを堪能~。
写真を飾ったスペースのさらに奥に設えられた「雨を待つ図書室」には、ゆかりさん所有の本やこれまでの出版物の他にも、「愛する人に。」の未収録章を納めたファイルなどもあって、思わずじっくり読み耽ってしまいました。
短観プレゼントにも、しっかり応募。当たるといいなぁ♪
2010年3月5日金曜日
声に出して読む
ここ2・3日、なんだか朗読するのが面白い。
なんとなーく思い立って始めてみたけれど、黙読するのとはまた違った理解や発見があって。
以前一時期、「声に出して読む日本語」とか流行ったけど、なんか分かった気がした。
黙読では流し読んでしまっていた箇所が、やけに気になって何度も読み直してみたり。黙読の時は何も感じなかった文章の中に発見があって、読むのを中断してメモを取ったり。
自分一人だから、そんな風につっかえつっかえ読んでても問題ないのがいい。傍目から見たら変なヤツだろうけど、無いしな、傍目。
声として耳に入ってくるのと、目から入ってくるのとでは、情報が通る経路が違うからなんだろうな。
読んだのが手紙として書かれたものの本だというのも、あるのかな。
ちなみに読んだのは、石井ゆかりさんの「愛する人に。」と、J・クリシュナムルティの「しなやかに生きるために-若い女性への手紙」の、2冊。
クリシュナムルティは私の心の師匠。・・・師匠というのは違うか。先に生まれた人というそのままの意味での、先生。
なんとなーく思い立って始めてみたけれど、黙読するのとはまた違った理解や発見があって。
以前一時期、「声に出して読む日本語」とか流行ったけど、なんか分かった気がした。
黙読では流し読んでしまっていた箇所が、やけに気になって何度も読み直してみたり。黙読の時は何も感じなかった文章の中に発見があって、読むのを中断してメモを取ったり。
自分一人だから、そんな風につっかえつっかえ読んでても問題ないのがいい。傍目から見たら変なヤツだろうけど、無いしな、傍目。
声として耳に入ってくるのと、目から入ってくるのとでは、情報が通る経路が違うからなんだろうな。
読んだのが手紙として書かれたものの本だというのも、あるのかな。
ちなみに読んだのは、石井ゆかりさんの「愛する人に。」と、J・クリシュナムルティの「しなやかに生きるために-若い女性への手紙」の、2冊。
クリシュナムルティは私の心の師匠。・・・師匠というのは違うか。先に生まれた人というそのままの意味での、先生。
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