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2026年3月3日火曜日

再開

始めては止まって
始めては止まってを
繰り返して
また何度目かの再開

まあ、あまり続けることを
目標にしていないので
仕方ない

コンスタントに書き続けていきたい
という希望だけはある
たぶん

最近は自身も周囲も年を取って
退院したり、入院したり、退院したり、
明日は我が身と
思うところもあるけれど
なるようにしかならないわけで

そんな折にふと
昔馴染んだブログに帰ってきてみた次第
近頃のSNSは殺伐としていて
それくらいなら誰もいない方がまし
そんな感じなのです。

2018年11月8日木曜日

詩の朗読とインスタグラム

そういえば、この間ふと、インスタグラムの動画やストーリーズやライブで詩の朗読をしたらどうだろうと思ったのだった。

小さなステージのオープンマイクは一度挑戦してみたけど、やっぱりちょっと敷居が高い。緊張と怖さで足が震えて、どうにか読み終えるのがやっとだった。「慣れだ」というのは分かるけど、もう少しハードル低いところから始めたい。

と、思ったのだった。

私のインスタグラムは、時々自分の音楽ブログに出すのにUPしているミュージシャンのライブ写真目当ての見ず知らずのフォロアーが一人いるだけだし。練習を録音して出す分には丁度良いような気がした。ストーリーズなら勝手に消えるし。
自作の詩や著作権切れの詩を、のんきに朗読して、楽しくやれたらいいなぁ。

とはいえ、やっぱり朗読用のアカウントを取った方がいいのかな。

とりあえず、今あるアカウントで始めて必要なら分けていくのがいいかな。

詩を公開しているnoteにもリンクできたらいいな。

文面を公表するか、しないか。

タイトルと作者名だけ、って手もあるか。
クマに↑書いたミニノート持たせて。

とか考えていたら、少し前進した。
セッティングとか、インスタの動画の写り具合とか、確認するところまで。

あとはいつでも始められる。
いつやるの?
・・・!

2018年5月30日水曜日

写真を見るということ・2

写真展に写真を見に行くのが好き。

それこそ、美術館に絵画を見に行くのと同じくらいの気安さで。
お気に入りの写真家さんの展示を見に行く。

気に入った写真があったら買いたい気持ちはあるけれど。
なかなか狭いワンルームに飾るのが難しいのもあって。
まだ1枚も買ったことはない。

その代わりに写真集を買う。

高砂順二さんや、
植田正治さんや、
木村伊兵衛さんや、
アンリ·カルティエ=ブレッソンさん。
などなど。

好きな写真家さんは何人かいるけれど。

なんというか。

対象に向ける眼差しが好きだなぁと思う。

高砂さんが撮る、モンクシールや鳥たちや。
植田さんが撮る、奥さんや。
伊兵衛さんが撮る、「六代目尾上菊五郎、娘道成寺」には感動したし。
ブレッソンさんの撮る、映画の1コマを切り出したようなスタイルも面白い。

最近、あまり写真展に行けてないので、また面白そうな展示を探して行ってみよう。

そしていつか、鳥取の植田正治写真美術館にも行ってみたい。
砂丘観光も付けて。












2018年5月29日火曜日

ブログ引越し

長らくお世話になったniftyのココログさんからブログを引越しBloggerさんへ。

プロバイダーを変えてしまったので、しかたない。
というのもあるし、
「心機一転したい」
という思いもあった。


そんなわけで、すっかり音楽ブログと化していた飆庵から音楽カテゴリーを「飆庵の音楽箱」として独立させました。


Bloggerさんは1アカウントでブログを100個持てるらしいので、無料ブログのあちこちにブログを分散させるよりは、Bloggerで一元管理するのが楽かなぁと思って。


音楽カテゴリーを外したら飆庵の記事の少ないこと。
ちょっと笑けてくる。


そんなわけで、今後はこちらに記事増やしていきます。
よろしく。


2013年11月10日日曜日

写真を見るということ

「また写真展?好きだね~」と言われた。


絵画でもなく、イラストレーションでもなく、なぜ写真なのか。
しかも、「撮る」のでなく「見る」なのか。


言ってしまえば写真なんて誰でも撮れるし、今やケータイでも撮れる。


それでも、なんだか興味をひかれるのは、やっぱり個性が映りだすのだ写真は。


撮影者の、対象や世界そのものを見る目、視界、まなざし。その奥にある思想。
写真作品は撮影者の世界観そのものなんだ。
世界観の中からフォーカスされた一部分。
それが単なる記録写真だろうと記念写真だろうとスナップ写真だろうと。
その人に見えている世界からしか、テーマを選び取ることはできないから。
撮影者が何を見ているのか、それが浮き彫りになる。


ならばそれを見る楽しみとはなにか。


見ることで、好きとか嫌いとか、なんか気になるとか、感じるものがあったりする。
自分の中の感覚という判断基準によって選ばれるそれらが、自分の輪郭の補助線になっていく。
そしてまた、自分に無かった視点や、認識していなかった世界観を疑似体験することで、自分の中の世界認識に新たな視点・選択肢を加えるということにもなる。


とはいえ、まあ、言ってしまえば結局は、単に好きという。


2013年4月1日月曜日

発電について考えてみた

2年前の311の日から、少し考えてきていたんだけど。
浅いながら、思いついたアイデアがある。

大きな施設で大きく電力を賄うというのは、そのぶん大きなシワ寄せもあって。
処分先の決まらない核廃棄物であったり、村ひとつ潰して作る巨大ダムであったり、枯渇しかけている石油や天然ガスであったり。
そういうのは、できたらもういいかな、という思いがあって。

マイクロ水力であるとか、太陽光発電であるとか、R水素であるとか。
技術的にはいろいろたくさんの方法が既にあって。そういう小さな方法を複数組み合わせて使えるようになっていったらいいんじゃないかなぁ、と思っている。

で、思いついたアイデアなんだけど。
そんな地産地消的な発電方法の一つとして、人力発電があってもいいんじゃないかとぼんやり思っているんだ。
電車の乗降でも発電ができるくらいなら、もっと効率よい発電技術と蓄電技術を開発できたら、人間が集中的に体力使って発電したら、エコでクリーンで、雇用も作れていいんじゃないかなぁ。お金はかかるだろうけど、原発にかかるコストと同じくらいの金額使えたら十分賄えそうじゃない。
都市でも発電できるようになるし。地方でも24時間稼働の工場に派遣労働しに行く人もいるくらいだから、募集したら人集まるんじゃないかなぁ。

なんてさ。
穴だらけのアイデアというか単なる思いつきをちょっと言ってみただけだから、難しいこと突っ込まれても困っちゃうんだけど。
今日、エイプリルフールだし、大目に見てもらえると嬉しい。


2012年12月29日土曜日

愛情表現について考えてみた

2012年最後の更新に、ふと思いつたことを書き置いておこうと思う。
まだ浅い考察だけれども。


愛って、いうもの。
私は一つのエネルギーの形や一つの方向性を持つものとして認識しているけれども。

その愛を伝える愛情表現となると、十人十色・千変万化、それぞれの人の数だけある。
だから、どうやったて人は自分なりのやり方でしか愛を表現できなくて、愛せなくて。
また、自分の方法を愛として認識しているから、ほかの人のやり方が愛として認識できなかったり、受け入れられなかったりする。

だけど、みんな自分の愛情表現をたくさんの人に受け入れてほしいと思ってるんじゃないだろうか。
でも、どんな表現でもたくさんの人に伝えるとなると技術や経験が必要になってくる。
それは愛情表現も例外じゃないと思う。

そのために、親だったり、兄弟だったり、友人だったり、子供だったり、恋人だったり、奥さんだったり、旦那さんだったり、といった安心できる人たちを相手に、自分なりの愛情表現を試行錯誤して練習して学んでいくのだと思う。お互いに試行錯誤して学びあっているのだと思う。

たくさんの人の表現方法を知ったり、自分の表現方法の稚拙な部分と正面から向き合ったり、心痛めたり温めたり、を繰り返して磨きをかけて。
そうして表現方法を洗練させていって、よりたくさんの人とつながったり、たくさんの人に届けたりできるようになるんじゃないだろうか。

一人では、一足飛びには、行けないんだろうと思う。
そして無頓着でいれば、子供の表現方法しか知らないまま大人になってしまうのだろう。



そんなことを考えてみた年末でした。
それでは今年はこれまで。皆さま、良いお年を。


2012年1月4日水曜日

2012ねーん

明けてからだいぶ経ちまして、おめでとうございます。
今年も、きっとみんなのお世話になることと思います。
よろしくお願いします。
(あちらへ、そちらへ、こちらへ、一礼)


去年は細々と始めてみたことがあり、そっちをどういう形に育てていこうか思案中。
おかげで飆庵は放置気味になってしまったので、今年は「飆庵の更新もマメにしていこう計画」と「飆庵カオス化計画」を練りつつ。
定期的な更新を継続するものばかりなので、書き物マラソン的な一年にちゃんとなるように頑張ろう自分、無理なく小さくコツコツと積み上げていこう。
それからシューカツも地道に、ぺちゃんこになっていじけるだろうけどアメーバみたいにゆるゆると抜け出しながら、合流できるところを探そう。

近頃思うのは、できることは一つだけじゃないということ、やりたいことを一つだけに絞る必要はないということ、全部欲しいって言っても良いってこと。
体は一つしかないから一本道しか進めないとしても、行ってみたい小道が複数あるなら全部を束ねて大道にして進んだっていいよね。


みんなの計画もひとつひとつ実現の芽が出ますように。
猫の手や文殊の知恵が要るなら貸し合えますように。
いいこともわるいことも大晦日には笑い飛ばせるような一年でありますように。


2011年4月6日水曜日

掴んだもの

昔話から始めよう。
昔々、私は軽さを求めていた。
紙のように薄く、ガラスのように透けるほど、塵芥のように軽い、風のような生き方。
飄々と生きているように見られていたから、表面的には成功していたんだろう。でも「求めている」ということは、本当には手に入れてないということ。記憶とか、感情とか、変なプライドとか、ルールとか、常識とか、いろんなものが重石になって、振り解けずに繋がれている感じがとても嫌だった。


時々ふと頭をよぎる「諦めて心を殺そうか?諦めて体を殺そうか?」などという択一を日常生活の中で濁して生きている内に、選ぶより先に心がパンクした。粉々に散らばった心を前に精神は自失して、脳に刻み込まれたルーティンがただ体を動かし続けていた。精神が停止していても、それまでのプログラム通りに体が機能していれば誰も何も気付かない。
相変わらずの日常を人前で動き一人になると指一本も動かずに、目を開けたまま、あるいは目を閉じて眠っていた。そんな風に木のように貝のように生きている人間は、ゾンビだった。そりゃそうだ。人の目に入らなくとも、木は木同士、貝は貝同士でちゃんとコミュニケーションとって生きているのだから。人は木にも貝にも、なれない。


そんな日々を過ごしていたある日、
目を開けたままの微睡みの中、
心臓の音が聞こえた。
ザクザクと血液を送り出す音。
しばらく耳を傾けて、
そして、ふと目の前に手をかざして見た。
「この体この細胞は死にたいなんて微塵も思ってないんだな」
と思った。
「なら死ぬまで生かしてやらなきゃいけないな」
と思った。
「でも今までの自分じゃ生きられないな」
と思った。


丁度良く自失状態だったので、どちらにせよ「生きる」には「自分」を拾い集めていかなければならなかったから、どうせなら生き易い自分を新しく組み上げようと思った。
名前、誕生日、家族、友人、と拾い集めていった。最初に拾うか捨て置くか迷ったのは「書くこと」「考えること」だった。いっそ自分の持っている全ての筆記用具も本も捨ててしまおうと思った。書かず、考えず、生きれば楽だろうと思った。思ったそばからそれを書き留めている自分を発見して、どうも無理らしいと思い直した。後日、山田ズーニーさんの「考えない不自由」に関する文章を読んで、「考える自由」の方を拾った。


生き易い生き方を求めて、本を読み漁った。自己啓発本もスピリチュアルも哲学も宗教書も心理学も、真面目なのも怪しげなのも、学術書も漫画も。挙げ句「どの本も言ってることは大して変わらない」と感じ始めた頃、クリシュナムルティとフランクル博士の本に出会い、この手の本を集中的に読むのはこの2人の著書で打ち止めになった。


世界の見方、認識の仕方が変わったことで、今の自分はだいぶ生き易くなったと思う。


そしてそんな記憶も薄くなってきた頃、311・今回の地震がきた。
ゆっさゆっさと揺れるアパートの中に一人で、「アパートが崩れたら」と思ったら「死ぬかな」と続いた。どんどん強くなる揺れと一緒に「死ぬ?」「生きる?」の間を心が迷走して、ためらいながら「助けて」を掴んだ。
後で冷静になった頃、「ああ、やっぱり結局、生きる方を選ぶんだなぁ」としみじみ感じた。
きっとこれからも、死ぬまで「生きる」方を掴んでいくんだろうなぁ、と。


じゃあ、どうしよう?と考える。
これまでは、それでも少し投げやりな気持ちを拭えずに「いつ死んでもいいや」と思っていた。でも体や脳の根っこの部分で結局「生きる」を掴んでしまうなら、厭世的な意識も諦めが肝心だ。
前回は生き易さを求めて、世界の見方を変えた。
「今回は?」と自問したら、「悔いのなさ」と自答が返った。
「いつ死んでもいい」のレベルを上げて、「いつ死んでも満足」に生きる。
かなりハードルが高い。きっと何度も忘れては、取りに戻る言葉になる。けど、そういう風に生きたい。


今日、だから書く。忘れないように。


2011年3月26日土曜日

帰ル、水戸。

2月に「3月末に水戸に帰るから~」と母親に連絡した時、こんな事態になるとは全く思いもしなかった。


髪もだいぶ伸びてしまったし、丁度この時期は映画「ナルニア国物語・第3章」が上映されているからと思って選んだ日だった。
原作の「ナルニア国物語シリーズ」が母娘で好きで、ウチの家族は滅多に映画館に行かないのだけれど、「ナルニア国物語シリーズ」に関しては第1章の時からずっと2人で映画館に見に行ってた。


けど、いま水戸じゃどこも映画館は開いていない。再開の見込みさえ、まだ無い。だから一緒に見られない。それがとても残念。


「ナルニア国物語・第3章」はシリーズの中でも私がかなり好きな回で、けっこう楽しみにしていたんだけどな、、、一人で見に行く気にはなれない。


それでも元気な顔見に&顔見せに、28日から行ってくる。お店の状況も、オーナーや店の皆のことも、気になるし。


これまでは地震に対して悲しみとか諦めの感情が強かったけど(今回の地震・津波以外の災害に関しては苛立ちがあるけど)、ここにきてようやく地震そのものに対する怒りが湧いてきた。


地震めっ[E:annoy]




2011年3月15日火曜日

こんな時だからこそ

「歌うことと笑うことを知る者は、どんな困難にも挫けない」


という言葉があります。


深刻な状況であり、そんな気分ではないかもしれません。


だけど、
無理矢理でも口角を上げてみてください、
溜め息に鼻歌を混ぜてみてください、
両腕上げて丸めた背中を伸ばしてみてください。


少し、気分が変わります。


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ネットのチャリティでの被災された方へ向けたメッセージ
として書いたものだったけれど、
もっとひろく皆に必要なことかな、
と思ってブログとツイッターにもUPしてみた。


2011年3月11日金曜日

地震!!

この状況ではメール送っても届かない。
電話も緊急用のためになるべくかけない方がいい。


もしネットに繋げることができて、
ツイッターやmixiやFacebookやブログサービスなどにアカウントを持っているなら、とりあえず何か書き込んでおくと安否確認になるよ。


みんなが無事でありますように。


さすがに第一波の時は誰にともなく「助けて」って思ったよ・・・。
全然無事だけど。
トースター落っこちたし、コップたくさん割れちゃった。油も醤油もこぼれちゃった。ネットを使わない両親の安否が確認できない。東京の電車は全部、運転見合わせで、姉さん今日帰ってこれるのかしら。中継で大洗町の津波の映像が出てる、海近くに住んでいるおばさんは大丈夫かしら。あちこちからサイレンの音が聞こえてくる。


気になりだすとキリがない。


お、どうやらメールは2時間の時差で届いてるみたい。


2011年2月21日月曜日

原風景

原風景(げんふうけい)とは、人の心の奥にある原初の風景。懐かしさの感情を伴うことが多い。また実在する風景であるよりは、心象風景である場合もある。個人のものの考え方や感じ方に大きな影響を及ぼすことがある。また、しばしば原風景は美化されたり、自らが都合のいいように変化していたりする。
Wikipediaより




「子どもの頃に見た風景がずっと心の中に残ることがある。いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉でなく、いつか見た風景に励まされたり勇気を与えてられたりすることがきっとあるような気がする。」
星野道夫


ツイッターのタイムラインにこの言葉が流れてきた時、思い出した景色がある。
森の中で一人切り株に座っている子供の頃の自分だ。
ひとかけらの不安もなく、降り注ぐ緑の光と風に一人遊ぶ。
ただ、そこが何処なのか私は知らない。


そこについて覚えているのは、父に付いて山に入った時のことだということ。
父は最近はあまりしなくなったけれど、昔はよくキノコや山菜採りに山に入る人だった。私は覚えが悪かったので収穫に貢献することはほとんど無かったけれど、誘われれば付いていって、そうした中で山での作法や知恵のようなものを教わった。
その日は少し深く山に入ったので、2人が座れるほど大きな切り株のある1メートル四方くらいに拓けた場所で缶コーヒーを飲んで休憩した後、父は待っているように言い置いて一人で歩いていった。
私は座ったまま、父の落ち葉を踏む足音に耳を澄ましていた。その音が聞こえなくなったら、他の音が聞こえだした。姿は見えない小さな生き物がたてる小さな物音。見回しても周りは木の幹や葉や草や蔦が埋め尽くして見通せはしない。明るく差し込んでいる太陽の光も葉に遮られて緑に透けた光。見上げても空色は見えない。
不安は全くなかった。父が戻ってくることに疑いがなかったから。ただし父が戻るまでそこから一歩も動かなかった。遭難する危険があるし、自分がこの場所にに居るのは帰り道の目印のためでもあるからだ。
近場の音に飽きると、今度は鳥の声を追った。何の鳥かは分からないけれど、どこまで遠くの鳥の声を聞き取れるか耳を澄ました。そうすると、やはり鳥は鳴き声でコミュニケーションをとっているのが良く分かった。どこかで声が立てば、余所から同じ種の声が返るのだ。
鳥の声に飽きたら、次は風。風は背後遠くから梢を揺らして樹上を通り過ぎていく。波のように何度も何度も、やってきては頭上を通り過ぎ去って、間を置いて、またやってきては去っていく。どれだけ遠くの風を聞き、どれだけ遠くまで追っていけるか、と遊んでいた。
そうして遊んでいる内に、遠くから落ち葉を踏む足音が聞こえてきて、近付いてくる足音に耳を澄ます。そうして顔を出す父に「おかえりー」と言ってへらりと笑うのだ。


そんな記憶と景色。


確かにこの景色を思い出すと、落ち着きを取り戻して安心する。
社会でなく世界に軸足を戻せる。
だから今でもそのように耳を澄ます。広く広く音を拾い集めるように、それでいて一点に集中するように。


まあ、ホントに昔から一人遊びは得意なのである。


ルーティンから抜け出す

沈黙と押し黙ることは、全く違う。


近頃またぞろ自分が黙り始めていることに気が付いた。
こういう時の自分との問答はツーカーといかない、押し問答になる。
「これまで・このまま」を維持しようとする無意識に抵抗するからだ。
無闇な「怒り」という感情になったりもする。
「怒り」とは何かを守ろうとする意識から起こるものだそうだ。だから「怒り」を押さえたいなら、自分が何を守ろうとしているのかに気付いて、ひとまずそんな自分自身を認めると良いのだそうだ。
私のこの場合は「ルーティン」だ。「変化」を良しとせず、相変わらずのままでいようとする。


どうもここ数年、この抵抗を同じパターンで繰り返していた気がする。
それは断絶やカラッポや「どうでもいい」や自己嫌悪や自己否定から始まって。
そして「存在意義」や「書く意味」を問い質し出す。


そこでそれに囚われると、精神的な断絶部屋行き決定。
全てのつながりから自分を隔離して引きこもり出す。
引きこもったままなら、まだ良い。
うっかりすると自己憐憫を満たすためだけに、優しい人を搾取したりする。
最初の内はそれが普通の行動として起こるが、途中で自分の意地汚さに気が付いて、更なる自己嫌悪に陥っていく。
自分の落下に他人を巻き込むから、引きこもりよりタチが悪い。


でも今回は上手く復帰できた。
表現する喜び、伝える楽しみ。
誰にも、私にも、譲らない。
文章が上手かろうと下手だろうと。
内容がベタだろうと変だろうと。
文章は私の声代わり。
人がただしゃべる時、話し方が上手いとか下手とか考えていないように。
そのような気楽さで。
黙るな!
と、吹っ切れた。


でもきっと、これからも、何度も、同じようなことを繰り返すんだ。
だって、前にもこんなこと書いた気がするもの。
でも特効薬なんか無いから、せめて同じところには戻らないように、少しずつでも変化をしていく。


少し悩んだのは、飆庵に書くのか、別の所で書き始めるか、だったけど。飆庵は私の心の住処であり屋号のようなものでもあり、ここに書けないならどこに書いても無意味のように思えた。
だからこれから、KUMAMI関連以外のブログ記事の更新頻度が上がって、変な文章が増えていくけど、気にしないでね。まあ、カテゴリから必要な記事を見てもらえれば、余計なものは見なくてすむでしょう。


2011年1月4日火曜日

やっとお正月気分♪

新年明けて、だいぶ経ちました。おめでとうございます。


去年は色々とお世話になりました。
(あちらへ、こちらへ、そちらへ、一礼ペコリ)


去年はもうなんか、スカスカでグダグダのことが多かったけど。


今年は年始から慌ただしく(ちょっとバテ気味だけど[E:sweat02])
でもなんか
「去年までのことは去年の内にあらかた区切りが付いた」
「後はもう、やると決めたことを実行に移していくだけ」
(実際はそうでもないんだけど気分だけ。笑)
みたいな爽快感があります。


この爽快感を持って今年一年過ごして行けたらいいな、と思ってます。


今年もよろしくお願いします。


あすた


2010年7月1日木曜日

また、割れた・・・



小学生の頃に笠間の火祭りで買った、お気に入りの笠間焼きの湯飲み茶碗。ぽってりしたフォルムと釉薬の感じが好きで。
でも、お茶はあまり飲まないから歯磨き用のコップに使ってたら、洗面台の中に転がり落ちてフチが欠けて大きな亀裂まで・・・とほ(泣)
なんか去年から、長い付き合いのお気に入りが壊れていってる気がするよ・・・。


新しいお気に入りとの出会いを気長に待とう。


2010年6月23日水曜日

英語能力、求ム。

今日YouTubeで、クリシュナムルティの講話の動画を見つけた。


誰か私にリスニング能力をください。
字幕とか翻訳じゃ他人の感性がどうしても入ってしまうから、生のままで自分で理解したーい!
とほ・・・。


最近は自分のMySpaceアカウントでメッセージの遣り取りするのに、Yahooとかの自動翻訳を使い倒してるし。でも本来の意味通りの訳文を作るのに四苦八苦して、けっこう時間が掛かる。やっぱ、自分で書けるようにならなきゃ、かしら。


高校で捨てた英語の必要性を、今、切実に感じているー。


だって高校の英語の先生と相性悪かったんだよ~。
授業中に、授業進行を途切ってまでRとLの発音で10分ほども個人集中レッスンされた時には泣くかと思った。
あげく、「国語はあんなに成績良いのに、同じ語学の英語がどうしてこんなにできないの!」って、職員室で責められたし。


それでも、日本語訳するのは嫌いじゃなかったんだよ。激・超訳だったけど。パズルゲームしてるみたいで、面白かったから。結局、英語の成績には結びつかなかったけど。


ああ、もう。英語、厄介。


2010年5月13日木曜日

ぼやく

なんだか最近、自分のブログを放置気味。いかんなぁ。
やることが山積みだ。やりたいことも山積みだ。
書きたいことも。自分が言わなくてもいいや。ていう、悪い癖に流れ気味。


とはいえ、一段落。
まだまだ、山積はしてるけど、優先順位から一つずつ片付けていくしかない。


ああ、まとまらない文章。
何かアウトプットしたい気がするのに、
「何を」と「時間」と「集中力」が足りない。


2010年4月5日月曜日

桜のおもいで

今この季節、花の時期、が大好きだ。桜は特に好き。


この間のライブの日は風がとても強くて。帰りに近所の桜並木の下を通ったら、夜空をバックに桜の花が浮き上がって。太い枝もわっさわっさ揺れていて、とても綺麗で。並木の終わりまで、桜を見上げて歩いた。


毎年毎年、桜を見上げてきたけれど。なかでも、昔見た印象深い山桜の木がある。
実家の近所にある雑木林の道路際に生えていた山桜。
年が明けて間もなくの頃、土地の持ち主が長いこと放置していた雑木林の木をほとんど全部切り倒した。桜の木も、どんぐりの木も。根元近くから切り倒して、横たわった幹は枝を天に向けたまま、そのまま放置された。
あと2・3ヶ月したら花が咲く、そんな頃に切らなくてもいいのに。今年この桜は見られないんだと、残念に思った。


でも、桜は咲いた。


根っこから切り離されて、2・3ヶ月も放置されても。
天に向けた枝の先に、捧げるように花を咲かせた。


その姿は哀しくて、美しくて、羨ましかった。


たぶん、枝が道路にかかって車が通る邪魔になるとか、電線に引っかかるとか、そういう理由だったのだ。あの美しく大きな木々が切り倒された理由は。そんな理由、私には理解できないけれど。あの道には今は、桜は咲かないし、どんぐりも落ちてこない。でも今でもあの土地は雑地のまま、背丈ほどもある草と細い枝を伸ばした若木に覆われている。
だから、もしかしたら、またいつか。


2010年3月5日金曜日

声に出して読む

ここ2・3日、なんだか朗読するのが面白い。


なんとなーく思い立って始めてみたけれど、黙読するのとはまた違った理解や発見があって。
以前一時期、「声に出して読む日本語」とか流行ったけど、なんか分かった気がした。


黙読では流し読んでしまっていた箇所が、やけに気になって何度も読み直してみたり。黙読の時は何も感じなかった文章の中に発見があって、読むのを中断してメモを取ったり。
自分一人だから、そんな風につっかえつっかえ読んでても問題ないのがいい。傍目から見たら変なヤツだろうけど、無いしな、傍目。

声として耳に入ってくるのと、目から入ってくるのとでは、情報が通る経路が違うからなんだろうな。
読んだのが手紙として書かれたものの本だというのも、あるのかな。


ちなみに読んだのは、石井ゆかりさんの「愛する人に。」と、J・クリシュナムルティの「しなやかに生きるために-若い女性への手紙」の、2冊。
クリシュナムルティは私の心の師匠。・・・師匠というのは違うか。先に生まれた人というそのままの意味での、先生。