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2018年8月4日土曜日

お店とのつきあい方

最近、読み直した本2冊。

サカキシンイチロウさんの
「おいしい店とのつきあい方」
「おいしい店とのつきあい方・実践編」

外食コンサルタントであるサカキさんが、経験から身に着けていった外食時のちょっとしたコツや心掛けを、思い出などを交えて面白く語ったコラムをまとめたものです。

もうわりと古い本になるので、お店の情報などは古くなっていますが。
「つきあい方」とあるように、肝はお店の人とのコミュニケーションです。
人と人とのコミュニケーションは昔から大きく変わることはありません。
なので、読めば面白く、また参考になることも多いです。

個人的には、お酒が飲めないし、外食自体もあまりしないので。
読んで得た知識は、まだ活かされてませんけど。

お酒飲めないと、まずお店が限られてきてしまうし、逆にお店に申し訳ない気持ちになるので、ちゃんとしたレストランとか割烹とか敬遠しちゃうんですよね。
だったら気兼ねなく、大衆向けチェーン店やファミレスで良いやとかいう判断になる。

一人で夜まで出歩いて夕ご飯食べようとすると、気兼ねなく入れる良いお店が極端に減る現象。
仕方ないんですけどね。
世の外食は、お酒飲む人をお客の中心に据えて採算とるようにできてる訳だから。

とはいえ、じゃ、読んでも意味ないじゃんという事ではなく。

書いてある内容は、外食のお店に限らず、お気に入りのお店やアーティストなどの贔屓とのつきあい方の、心構えや気遣いにも似ているなぁと感じたのです。
贔屓を作りやすい私には、共感する部分もいくつかあったり。



今一番気になっていることは、実践編の方に書いてあった、イタリア人のスパゲティの食べ方。
いっぺん実際に自分でスパゲティ茹でて試してみて、確かに悪くないという実感は得たものの。
実際のイタリアを知る人が、知ってる人に一人いるので、今度会ったときに聞いて確かめてみようっと♪

2013年6月5日水曜日

どこでもスローライフ

けっこう昔から好きで読み続けているブログがいくつかあって。

その中の一つが、
ニューヨーク・スローライフ http://blog.nyslowlife.com/
というブログ。

ニューヨーク在住のブログ主・よっちゃんのスローライフがテーマのブログ。
料理やレシピなど食に関することが話題の中心だけど、他にも生活全般を日記的に綴られている。

スローライフの食といっても、ガッチガチの食餌療法的なものではなく、もっとゆるやかな感じで。
その食品がどこから来たのか、何が入っているのか、どんなふうに作られているのかが、明瞭な健康な食品を無理し過ぎないで美味しく食べていこうよ。
といった雰囲気。
雰囲気は緩やかだけど、ブログ主さんはきちんと自然食の料理学校 Natural Gourmet Institute For Health & Culinary Arts を卒業されているので基本はしっかり。

いつもブログにアップされる料理の写真が美味しそうなんだな。
そしてずっと挑戦してみたいと思いながら、なかなか作れないでいるのがカシューナッツのクリーム。生のカシューナッツを気軽に買うってことがなかなかないからなぁ。

で、なんで今頃そんなことを書いたかといえば。
懐がぬくかったので、以前発行された著書をようやく買ったからなんだね。

ブログをギュッと凝縮したような本かな。
レシピはやっぱり、ネットより本の方が見易いと思う。うん。


やっぱ、こういうのが好きなんだなぁ、私。
と、感じてしまった。

エコロジーとかサスティナブルとかオーガニックとかスローなんちゃらとか、つまりそういう思想からくる行動や物。
まあ、トレンドやブーム用に付けられた名前とか本当はどうでもいいんだけど、まわりくどい説明をスキップするにはちょうどいいか。

興味のない人には全く興味がないことなんだよね。こういうことって。
姉妹でもぱっかりと興味のあるなしが分かれるし。
それはそれでいいと思ってるんだ、無理強いすることではないと思ってるから。

でもきっと私の周りには今後こういうものが増えてくる、という予感。
どんな風に生きるか、の最初の一歩。
それを示すのが、私にとっての本というもの。
だから本棚の本のラインナップで今の自分が見えてくる。
今、本棚の本が相当入れ替わっている。おもしろい。


2011年8月28日日曜日

岡本敏子さんという人

「明日の神話」を見にいったブログを書いて以来、それまで全く興味なかった、むしろ苦手だった岡本太郎という人に、興味が湧いた。そして本を読んだりドラマを見たりしている内に、だんだん岡本太郎さんよりも岡本敏子さんに興味が移ってきた。


なので図書館で本を借りてみた。
恋愛について、話しました。
岡本敏子さんとよしもとばななさんの対談集。
彼女の著作ではなく対談集を選んだのは、対話の形式の方が根本思想があらわれやすいだろうと思ったからだ。表に出る、その人となりを見てみたかったから。そして、一番新しい本のようだったから。


読んでみて、なんて自由な人なんだろうと思った。
「恋愛について」話しているのにもかかわらず、いわゆる女子バナにはならないカラッとした爽やかさ。そのじめついたところのない自由な真っ直ぐな気風が気持ちよかった。彼女の型にはまらない生き方がやはり興味深かった。


読んでいて心に残ったのは、「恋愛」とは全然関係ないことだけど。
おかしいものは「おかしい」と、嫌なものは「嫌」と、違和感は「違和感」と言っちゃっていいんだ。遠慮もいらなければ、理解さえいらないんだ。
ってこと。
それは、時々酷く恐ろしく感じること。拒絶を恐れて遠慮して、理解を求めて無理解を恐れる。それでも、自分に見えているものを聞こえているものを表現していいんだ。と思えた。


「いいのよ」と言う、あっさりした声が本から聞こえてきそうだったもの。実際に聞いてみたかったな。会って話してみたかった。そう思う人が一人一人と増えていく。


(今ふと思ったのは、理解と共感は別のものかもしれないってこと。理解の反対は無理解、共感の反対は無関心?それとも反感?愛の対義語は無関心だったか。じゃあ、愛と共感は近似のものなのかな。正しい理解を手放して、相手の感受に委ねること。前にもそんなこと書いた気がする、、、そうだ「bridge」のときだ。知識による解剖的な理解は「分断」だろうか。共感は既知に起因する全的な受容だろうか。太郎さんとクリシュナムルティは似ているかもしれない。・・・・・・ヘリクツ失礼)



2011年4月17日日曜日

石井ゆかりさんの「牡羊座」買っちった。

丁度この時期に図書券を貰ったので、石井ゆかりさんの「牡羊座」買ってみた。

「ああ、わりと合ってるな~」と思って、姉さんに「私の取扱説明書」と言って渡してみたら、「書いてあること全部、お前。何これギャグ本?」ってゲラゲラ笑われた。
「そこまで?!」と思ったけど、どうやらそうであるらしい。


「行動パターン」や「落ち込んだとき」の章は、自分でもとても参考になった。
落ち込んだとき、自分でも不安になるくらいドン底まで落ち込んで、どうしようもなくなるけど。これ牡羊座の性質だから仕方ない。そしてちゃんと復活できるから大丈夫。
それが分かれば、安心して底まで落ち込める。中途半端は気持ち悪いのだ。


そして、自分はかなりのネガティブ思考だと思っていたけど。
牡羊座としての観点から言えば「自分の実感が全てであり真実」だから、
悪い実感の割合が多ければネガティブに片寄るってことなんだな。てことは良い実感を増やせばバランスがとれるはずだ。


や?当たり前のことか。でもいつも当たり前のことを忘れて、できなくて、気苦労を積み上げているのだ。しょうのない。


うん、なかなか面白かった。



2010年3月5日金曜日

声に出して読む

ここ2・3日、なんだか朗読するのが面白い。


なんとなーく思い立って始めてみたけれど、黙読するのとはまた違った理解や発見があって。
以前一時期、「声に出して読む日本語」とか流行ったけど、なんか分かった気がした。


黙読では流し読んでしまっていた箇所が、やけに気になって何度も読み直してみたり。黙読の時は何も感じなかった文章の中に発見があって、読むのを中断してメモを取ったり。
自分一人だから、そんな風につっかえつっかえ読んでても問題ないのがいい。傍目から見たら変なヤツだろうけど、無いしな、傍目。

声として耳に入ってくるのと、目から入ってくるのとでは、情報が通る経路が違うからなんだろうな。
読んだのが手紙として書かれたものの本だというのも、あるのかな。


ちなみに読んだのは、石井ゆかりさんの「愛する人に。」と、J・クリシュナムルティの「しなやかに生きるために-若い女性への手紙」の、2冊。
クリシュナムルティは私の心の師匠。・・・師匠というのは違うか。先に生まれた人というそのままの意味での、先生。


2009年7月26日日曜日

「愛する人に。」を読んだ

占いは割と好き。ただ、信じる信じないというよりは、アドバイスとして使ってる。ていうか、読んでもすぐに内容を忘れてしまうので、役に立っているかどうかは疑問だけど。


そんな占いサイトの中でお気に入りなのが、
石井ゆかりさんの「筋トレ」という星占いのサイト&ブログ。


ずいぶん長いこと欠かさずチェックしてるサイトなんだけど、占いの結果が知りたいというよりかは、ゆかりさんの文章が読みたい、という理由の方が大きい。
そんなゆかりさんは、星占いの本以外にもエッセイなどの本も出していらっしゃって、最近出した本を「ブログ読者へプレゼント!企画」を立ててくださった。さすがに競争率高いだろうなぁと覚悟しつつ、「駄目で元々」と応募してみたら、当たっちゃいました♪
ありがとうございます!


かなりの倍率をかいくぐって、私の手元にやってきた本。


「愛する人に。」石井ゆかり・著


この本は、ゆかりさんが占いで受けてきた恋愛相談の中で考えてきた、占いではない返答を綴ったもの。
「占いではない」というところがポイントで、私がゆかりさんのことが好きな理由でもあるのだけれど。


だって、
手っ取り早く解決できる正しい結論を、
インスタントに欲しいわけじゃないんだ。
どんなに心が沈んでも、悲鳴を上げても、
いつだって本当に欲しいのは、
納得できる自分の答えだから。
だから、
私は人に相談することが滅多にない。


その代わり、悩んだ時に読みたくなる本が何冊か、常備薬のようにある。この本もきっと、その本達に仲間入りするだろう。


だって、
こんなにも、恋する心に誠実に寄り添ってくれる本を、私は他に知らない。自己否定で狭まっていた視野を広げて、現状を受容する力を貸してくれた。恋愛について書かれているのに、生きる姿勢にまで繋がっていく。
そんな風に感じる本だから。


前文の「はじめに」を読んだだけでも、涙が出たよ。
この「愛する人に。」は、愛ある人がくれた愛ある手紙だと思う。


2006年1月14日土曜日

「おとなの小論文教室。」を読んだ

「おとなの小論文教室。」は山田ズーニーさんという人が「ほぼ日刊イトイ新聞」というサイトで毎週水曜日に更新しているコラムなのですが、その一部が単行本になって7日に出版されました。私はとても大好きで毎週欠かさず読みに行くのですが、二年くらい前に書かれたコラムでどうしても私には理解できなかったものが、これに収録されました。それは第二章「自分の才能って?」に登場するズーニーさんの先輩の言葉です。本にするに当たって読みやすいように筋道を付けられたこのコラムを読んで、それをようやく私なりに理解することができました。一般的な正解ではないと思いますが、これが私個人の正解です。


 「やりたいことがあって、そのための才能が自分にはある」と思い込んでいて、でもそれにまったく取り組んでいないなら、それは単なる「ヒーロー症候群」の一症状で「うぬぼれ」や「自己憐憫」が発端になっている。理想の主役(ヒーロー)の自分を思い描くことは悪くないが、そうなるための行動を何もしていないなら、それは自分の人生の主役を今、演じていないということ。「今を本気で生きる」ことを理想にしていながら「今を惰性で生きている」ということ。理想像なんて、そんな遠くに焦点を絞ってる暇があったら、少しずつでも今やらないでどうする?
 主役に苦難はつきもの。ままならない道だからこそ不本意なことでも今に本気で向き合わなくちゃならなくて、鍛えられる。だから本望をつかむチャンスを逃さない。つまり、ままならない道は力を蓄えるための「準備期間」=「とじる」で、そこを通過したら理想を実現するための「スタンバイ状態」=「ひらく」ということになるんじゃないか。で、「こもる」は「逃げる」。逃げ込むことが必要な時もあるけど、籠城はいずれ無理矢理にでも開かれる時が来る。
何でも思い通りになる道はうぬぼれの道。うぬぼれて、思い上がって、自分に酔っていたら、他者なんて見えるわけがない。見ているつもりでも、見下してるだけ。
 才能については、やってみる前からとやかく言ってても仕方ない。それが現実に顕されなくては、どんなに有能な伯楽にも見出す術がないのだから。
 やりたいことっていうのは、「欲得なしに」とはいかなくても、でも結局それらが無くても、やってしまうこと、楽しいと感じること。人間誰しも同じように持っている時間や能力を、自分が何に集中的に割り振ってきたか。その中に見出せるもの。「好きこそものの上手なれ」。自分の身の回りにある全て、持っている物、服、CD、読んだ本、毎月買ってる雑誌、仕事、友人、家族、食事、掃除、睡眠、自分の心、自分の体…何にでも、自分が選んできたそれら全てをじっくり見てみれば、そこには自分のカケラが隠れていて、「やりたいこと」のヒントもそこにある。ヒントだけ。なぜなら本当は「”今”の”自分”」より外(未来とか社会とか自分以外の人とか)に求めても見つからないものだから。メーテルリンクの「青い鳥」の通り。どうにも見つからないなら、それはつまり「あらゆる可能性を今持っている」ということ。何にでもなれるし、何色にも染められる。
 でも実は「やりたいこと」なんていつでも取り替え可能で、「今に本気で取り組む自分」は今を逃したら、ない。「やりたいこと(理想)=自分」じゃなくて「やりたいこと(理想)に本気で取り組んでる自分=自分」だってこと。


とはいえ、こんな偉そうなことを言ったって、、私自身これを完璧にできているわけでは全くなくて。いつでもヒーロー症候群の穴に落ち、無気力につまずき、人間関係に打ちのめされていて、でも何度でも、また立ち上がって歩き出す。そうやって何度も経験して、冷静に平静に非情とも言える眼差しで自分自身をコントロールしていけるように学んでいる真っ最中なのです。まあ、のんびりとがんばります。


今回はいつになく、いっぱい書いちゃったなぁ。まあ、それだけこのテーマが私にとって切実だったってことなんだよね。