2011年8月28日日曜日

岡本敏子さんという人

「明日の神話」を見にいったブログを書いて以来、それまで全く興味なかった、むしろ苦手だった岡本太郎という人に、興味が湧いた。そして本を読んだりドラマを見たりしている内に、だんだん岡本太郎さんよりも岡本敏子さんに興味が移ってきた。


なので図書館で本を借りてみた。
恋愛について、話しました。
岡本敏子さんとよしもとばななさんの対談集。
彼女の著作ではなく対談集を選んだのは、対話の形式の方が根本思想があらわれやすいだろうと思ったからだ。表に出る、その人となりを見てみたかったから。そして、一番新しい本のようだったから。


読んでみて、なんて自由な人なんだろうと思った。
「恋愛について」話しているのにもかかわらず、いわゆる女子バナにはならないカラッとした爽やかさ。そのじめついたところのない自由な真っ直ぐな気風が気持ちよかった。彼女の型にはまらない生き方がやはり興味深かった。


読んでいて心に残ったのは、「恋愛」とは全然関係ないことだけど。
おかしいものは「おかしい」と、嫌なものは「嫌」と、違和感は「違和感」と言っちゃっていいんだ。遠慮もいらなければ、理解さえいらないんだ。
ってこと。
それは、時々酷く恐ろしく感じること。拒絶を恐れて遠慮して、理解を求めて無理解を恐れる。それでも、自分に見えているものを聞こえているものを表現していいんだ。と思えた。


「いいのよ」と言う、あっさりした声が本から聞こえてきそうだったもの。実際に聞いてみたかったな。会って話してみたかった。そう思う人が一人一人と増えていく。


(今ふと思ったのは、理解と共感は別のものかもしれないってこと。理解の反対は無理解、共感の反対は無関心?それとも反感?愛の対義語は無関心だったか。じゃあ、愛と共感は近似のものなのかな。正しい理解を手放して、相手の感受に委ねること。前にもそんなこと書いた気がする、、、そうだ「bridge」のときだ。知識による解剖的な理解は「分断」だろうか。共感は既知に起因する全的な受容だろうか。太郎さんとクリシュナムルティは似ているかもしれない。・・・・・・ヘリクツ失礼)



2011年7月6日水曜日

ハワイの写真

日曜日に図書館に行ったとき、最近どうにも気になって仕方ないので高砂淳二さんの本を探してきた。


写真集「虹の星」はさすがに大きくて重かったので館内で見るだけにしたけど、やはり「虹」が自分にとってキーワードになっているようだと感じた。なんせ他の作家さんの本を探していて何気なく手に取った本も虹の物語だったし。


大きさが丁度良かったので高砂淳二さんの「ハワイの50の宝物」という本を借りてきてみた。綺麗な写真とハワイの文化などを語るコラムでできた本。とてもゆったりした気分で読んだ。こういう本を読むと行ってみたくなる。言葉とか民俗学的な独自の文化って、ホント面白い。


今、明治神宮文化館で開かれてる『海森彩生』写真展の8/17(水)~8/23(火)のゲスト写真家が高砂淳二さんだから、また見に行ってみようっと。他のゲスト写真家さんも気になってるんだよね~。


2011年7月2日土曜日

「想像より、おもしろい。ハワイ」展を見てきた。

見てきたといっても、もう先週のことなんだけれども。
会期が終わらないうちに感想を書きたかったのだけれど、ひとつ引っかかることがあって、なかなか書けないでいた。


写真はどれも素晴らしかった。
私はハワイになんの思い入れもない人間だけれど。
色鮮やかで美しく、生き生きとした写真たちだった。作品も、そのひとつひとつに付けられた写真家さんの短いコメントも、パネルに書かれた「アロハ」や「ホ・オポノポノ」の言葉の正しい意味の解説も、つながりあって優しくて和やかな世界観を生み出していた。


夜空や夜の虹の写真を見ると、相当良いカメラ使ってるんだろうなぁと思ったり。
どの写真も良かったけれど中でも、虹の中を飛ぶ一羽の鳥の写真がお気に入り。それから、真ん丸に円を描いた虹の写真。


写真を一通り見て、世界観を観じて、心に浮かんだのが「なぜ私は今、『ここ』に居ないんだろう?」という、せつない気持ちだった。
この気持ちが上手く掴めなくて、実のところ未だによく理解できてないでいる。

別にハワイに行きたいとか、住んでみたいとか、そういうことじゃない。まあ、行けるなら行ってみたいけど、、、っていうくらいしか思ってない。だから『ここ』は、きっとハワイという土地そのものじゃなく、その世界観なんだろうなと思う。
そして、その疑問形の問いからして、「私は今『ここ』に居るべきだ」が心に底に気付かずにあった想いなんだろう。
しかし、どうしたらいいのか分からない。いっそ行ってみたら分かるんだろうか、、、無理だけど(悩)


企画展『「想像より、おもしろい。ハワイ」展 ~自然写真家 高砂淳二が伝えるハワイ~』
http://fujifilmsquare.jp/detail/11061701.html





【2012.2.5追記】
この記事を書いてからだいぶ経ち、気付いたことがある。


この写真展に展示されていた写真の中で、砂浜に寝転ぶ一匹のアザラシの写真があった。
遠景には高層ビルが建ち並ぶのが見える誰も居ない砂浜で平穏に寝転がっているアザラシは、ハワイアンモンクシールという絶滅危惧種に指定されているアザラシだった。


その写真を見た時、「たとえ明日 絶滅するとしても、今 幸せに生きて良い。」という言葉が私の心の中に浮かんだ。


野生に生きる中、食事も得られない時もあるかもしれない、他の動物に襲われることもあるかもしれない、最後の一匹になるかもしれない、明日には絶滅するかもしれない。
決して楽な生ではないとしても、穏やかな今この瞬間には安んじて幸せで居て良いんだ、と。


私もそう生きて良いんだと、思った。誰でもそう生きて良いんだと、思った。




2011年4月17日日曜日

石井ゆかりさんの「牡羊座」買っちった。

丁度この時期に図書券を貰ったので、石井ゆかりさんの「牡羊座」買ってみた。

「ああ、わりと合ってるな~」と思って、姉さんに「私の取扱説明書」と言って渡してみたら、「書いてあること全部、お前。何これギャグ本?」ってゲラゲラ笑われた。
「そこまで?!」と思ったけど、どうやらそうであるらしい。


「行動パターン」や「落ち込んだとき」の章は、自分でもとても参考になった。
落ち込んだとき、自分でも不安になるくらいドン底まで落ち込んで、どうしようもなくなるけど。これ牡羊座の性質だから仕方ない。そしてちゃんと復活できるから大丈夫。
それが分かれば、安心して底まで落ち込める。中途半端は気持ち悪いのだ。


そして、自分はかなりのネガティブ思考だと思っていたけど。
牡羊座としての観点から言えば「自分の実感が全てであり真実」だから、
悪い実感の割合が多ければネガティブに片寄るってことなんだな。てことは良い実感を増やせばバランスがとれるはずだ。


や?当たり前のことか。でもいつも当たり前のことを忘れて、できなくて、気苦労を積み上げているのだ。しょうのない。


うん、なかなか面白かった。



2011年4月9日土曜日

水戸で、

3月末に水戸に帰ってきた。
地震の影響を見た。色んな話も聞いた。
上手く文章にまとめようと思ったのだけれど全然まとまらない。
だから、まとまってない文章で書いてみる。


高速バスで帰ったのだけれど、高速道路はかなり直っていて「さすが土建王国・茨城」と思った。
水戸駅もホームが崩れたりしていたけれど、4月には鉄道も開通している。駅ビルやマルイは閉鎖されてて、駅前のペディストリアンデッキも通行止めになっていたけれど。
梅祭り真っ盛りだったはずの偕楽園はあちこち崖崩れが酷いらしくて閉園になっていた。隣にある常磐神社には入れたけれど、大きな石灯籠が軒並み横倒しに崩れたままになっていた。


他の神社では鳥居の倒れたところもいくつかあった。
屋根瓦の落ちた民家もかなりあって、ブルーシートが掛けられていた。聞いた話では、新築の家が全壊したなんて所もあったらしい。オール電化の家は停電中にガスが復旧しても火が使えずに困ったという。
前に働いていたコンビニでも、道路に面したガラス面がヒビ割れして全て入れ替えしたと言っていた。ビン類も相当数落ちて、新しく入荷した分は箱に入れたまま床に置かれていた。水の購入も一人一本に制限されていた。
水戸市内ではガソリンスタンドはわりと開店していて、まだ閉店したままのスタンドは貯蔵タンクが壊れているからだと聞いた。


親戚には農家をしている人もいる、母の知り合いにも農家の人がけっこういる。
出荷制限を受けたホウレン草農家の人は「ご自由にどうぞ。ただし何かあっても責任は負いません」と畑に張り出したところ、1時間で畑一面のホウレン草がキレイサッパリ消えたそうだ。
風評被害で米が返品されてきたという話もあった。米は去年とれたもの、建物の中で保存されて、精米され、袋詰めされている。何の問題もないのに、と。
むしろ、今年の米が作付けできるかどうかの方が問題だと言っていた。野菜はハウスで雨風を避けることができるけれど、米はどうしても雨風に曝されてしまうから。
関東・東北一円で米が作付けできないようなら、年末から来年そしてそれ以降も米不足と米の値上がりは避けられない。備蓄米だって支援物資として放出されているだろうから。
魚に関しては、まだ今は問題ないけれど。食物連鎖というものがある。イタイイタイ病や水銀の問題と同じで、長い時間を掛けて蓄積されていく。それが、これからの問題。


南相馬は父の実家のある土地。向こうの親戚たちは無事だけれども、みんな方々に避難していった。
祖母たちのお墓もお骨も位牌も流されたと聞いた。実家の家も骨組みだけ残して中身は全て津波に浚われたと。伯母はもう帰る気はないと話しているようだ。
原発事故で立ち入り禁止になった区域では、被害者の遺体の収容作業もできず放置されている。東北では地震から1週間後に救助された人たちがいたが、原発周辺地域では生存者がいたとしても見殺しにされた。そういう話を聞いた。


それでも、あの塔が倒れなくて良かったと思う。建ったばかりの頃はあまり好きじゃなかったんだけど。ニュースであれが映れば水戸だとすぐわかる。


そして、人事に関係なく、花は咲き、実り、子は生まれ、季節は移り、地球は生きてる。私は自分が核物質や原子力、放射能などのこと、どれだけ無知だったかを痛感する。
うん、but...Life goes on。