2013年4月29日月曜日

「無印良品BGM写真展・島のケルト 音と風光」を見てきた

無印良品BGM写真展
「島のケルト 音と風光 アイルランド、スコットランド、コーンウォール、ブルターニュ」http://www.muji.net/lab/ateliermuji/exhibition/130426.html
2013年4月26日(金)-6月9日(日)

土曜日に、この写真展を見てきた。

さすがに土曜日の有楽町MUJI。人でごった返していたけれど。
2階の奥にある展示スペース「ATELIER MUJI」は、買い物に夢中の人たちにはまるで見えていないかのように人がいない。いてもポツリポツリといったところ。
前に来た時もそうだったから、いつものことなのだろう。
ここまで人がごった返していたら、写真見る気も失せるからむしろ歓迎。

思ったよりたくさんの写真パネルが展示されていたな。

エンヤとかStone Ageとかの音楽好きだったから、ケルトには元々興味があった。

「さすがにファンタジーというジャンルが生まれた国の景色だなぁ」という変な感心の仕方をしてしてしまったのだけれど。

暗い森や、風が吹き抜けるような草原や、水の湧く祠や、満潮になったら孤立してしまいそうな水上の一軒家や、大きな木の前に立つアイリッシュダンサーの少女のドライアードのような美しさなど。
ファンタジーやRPGが好きだった身としては、挿絵で見た景色がそこにある感じがして。

一回くらい行ってみたい所だよなぁ、なんて思ってみたり。

でも一番気に入ったのは、砂浜を歩く犬とその後をついていく小さい女の子の写真。
犬が女の子を気にするように後ろを振り返っている。
微笑ましい写真だった。

6月までやってるから、もう一回くらい見に行ってもいいな。

そういえば写真見てたら、いきなり写真を撮り始めた人がいたんだけど。
写真家の人だったのかな、それとも全く無関係のお客さんだったのかな。
ちょっとビックリした。


2013年4月1日月曜日

発電について考えてみた

2年前の311の日から、少し考えてきていたんだけど。
浅いながら、思いついたアイデアがある。

大きな施設で大きく電力を賄うというのは、そのぶん大きなシワ寄せもあって。
処分先の決まらない核廃棄物であったり、村ひとつ潰して作る巨大ダムであったり、枯渇しかけている石油や天然ガスであったり。
そういうのは、できたらもういいかな、という思いがあって。

マイクロ水力であるとか、太陽光発電であるとか、R水素であるとか。
技術的にはいろいろたくさんの方法が既にあって。そういう小さな方法を複数組み合わせて使えるようになっていったらいいんじゃないかなぁ、と思っている。

で、思いついたアイデアなんだけど。
そんな地産地消的な発電方法の一つとして、人力発電があってもいいんじゃないかとぼんやり思っているんだ。
電車の乗降でも発電ができるくらいなら、もっと効率よい発電技術と蓄電技術を開発できたら、人間が集中的に体力使って発電したら、エコでクリーンで、雇用も作れていいんじゃないかなぁ。お金はかかるだろうけど、原発にかかるコストと同じくらいの金額使えたら十分賄えそうじゃない。
都市でも発電できるようになるし。地方でも24時間稼働の工場に派遣労働しに行く人もいるくらいだから、募集したら人集まるんじゃないかなぁ。

なんてさ。
穴だらけのアイデアというか単なる思いつきをちょっと言ってみただけだから、難しいこと突っ込まれても困っちゃうんだけど。
今日、エイプリルフールだし、大目に見てもらえると嬉しい。


2012年12月29日土曜日

愛情表現について考えてみた

2012年最後の更新に、ふと思いつたことを書き置いておこうと思う。
まだ浅い考察だけれども。


愛って、いうもの。
私は一つのエネルギーの形や一つの方向性を持つものとして認識しているけれども。

その愛を伝える愛情表現となると、十人十色・千変万化、それぞれの人の数だけある。
だから、どうやったて人は自分なりのやり方でしか愛を表現できなくて、愛せなくて。
また、自分の方法を愛として認識しているから、ほかの人のやり方が愛として認識できなかったり、受け入れられなかったりする。

だけど、みんな自分の愛情表現をたくさんの人に受け入れてほしいと思ってるんじゃないだろうか。
でも、どんな表現でもたくさんの人に伝えるとなると技術や経験が必要になってくる。
それは愛情表現も例外じゃないと思う。

そのために、親だったり、兄弟だったり、友人だったり、子供だったり、恋人だったり、奥さんだったり、旦那さんだったり、といった安心できる人たちを相手に、自分なりの愛情表現を試行錯誤して練習して学んでいくのだと思う。お互いに試行錯誤して学びあっているのだと思う。

たくさんの人の表現方法を知ったり、自分の表現方法の稚拙な部分と正面から向き合ったり、心痛めたり温めたり、を繰り返して磨きをかけて。
そうして表現方法を洗練させていって、よりたくさんの人とつながったり、たくさんの人に届けたりできるようになるんじゃないだろうか。

一人では、一足飛びには、行けないんだろうと思う。
そして無頓着でいれば、子供の表現方法しか知らないまま大人になってしまうのだろう。



そんなことを考えてみた年末でした。
それでは今年はこれまで。皆さま、良いお年を。


2012年12月10日月曜日

高砂淳二さん写真展・二本立て

もうだいぶ経っちゃったけど、月初めの頃に高砂淳二さんの写真展を見に行ってきた。


ひとつは新宿のコニカミノルタプラザで開催されている、
特別企画展「そら色の夢」


色とりどりの空の写真や映像作品が展示してあった。
ユウニ塩湖で撮影された、空を鏡写しにした写真は不思議な美しさで。
何より見たかった大きな星空の写真パネルは、空と塩湖に広がる星粒が、まるで宇宙に放り出されたみたいな浮遊感。とても好きな感覚。


高砂さんの写真の色彩は本当に、写真に切り取られても、その空間にあった情報をほとんど損なわずに保っているように思える。エネルギーのようなものを。


見に行った日はトークイベントがあったので拝聴したら、なんだか不思議な気分になった。
高砂さんは虹をテーマに追いかけて世界中を旅しているせいか、現地のネイティブの人たちと出会うことが多いようで。話の中にもネイティブハワイアンやネイティブアメリカン、ネイティブカナディアンの人たちが出てきて。
昔からネイティブアメリカンに興味を持って本を読んだりしてきたけれど、最近はすっかり縁遠くなっていたことに思いがけず気付かされた。写真や高砂さんに興味を持ったのは全く自分にとって新しい流れだったはずなのに、こんなところで昔の自分の流れに再会したことに驚いた。


高砂さんの写真には自分の根っこに触れる何かがあるのかもしれないな。


もうひとつは、もうおわってしまったけれど、京橋にあるISLAND GALLARYで開かれていた、
ベストセレクション写真展「夜の虹の向こうへ」


こちらは新しく発売されたエッセイ集「夜の虹の向こうへ」に合わせて開催されたもので、私はこの本をコニカの方で買ってサイン貰ってきた。正月に実家に帰った時に、じっくり読むつもり。


ここで一番魅かれた写真が、大きな木の写真だった。
パネル自体は小ぶりのものだったけれど、木の大きさはかなりのものに思えた。ほんとに木ってすごい生き物だなと思う。

夜の虹はハワイでは「最高の祝福のしるし」と言われているらしい。
私にも祝福のお裾分けがあるかな。そして運んでいけるかな。つぎへ、そのつぎへ。


2012年1月4日水曜日

2012ねーん

明けてからだいぶ経ちまして、おめでとうございます。
今年も、きっとみんなのお世話になることと思います。
よろしくお願いします。
(あちらへ、そちらへ、こちらへ、一礼)


去年は細々と始めてみたことがあり、そっちをどういう形に育てていこうか思案中。
おかげで飆庵は放置気味になってしまったので、今年は「飆庵の更新もマメにしていこう計画」と「飆庵カオス化計画」を練りつつ。
定期的な更新を継続するものばかりなので、書き物マラソン的な一年にちゃんとなるように頑張ろう自分、無理なく小さくコツコツと積み上げていこう。
それからシューカツも地道に、ぺちゃんこになっていじけるだろうけどアメーバみたいにゆるゆると抜け出しながら、合流できるところを探そう。

近頃思うのは、できることは一つだけじゃないということ、やりたいことを一つだけに絞る必要はないということ、全部欲しいって言っても良いってこと。
体は一つしかないから一本道しか進めないとしても、行ってみたい小道が複数あるなら全部を束ねて大道にして進んだっていいよね。


みんなの計画もひとつひとつ実現の芽が出ますように。
猫の手や文殊の知恵が要るなら貸し合えますように。
いいこともわるいことも大晦日には笑い飛ばせるような一年でありますように。